· パイロットの目  · 12 min read

The captain is the law- その本当の意味を勘違いしていた時代

副操縦士になっても、変な見栄は続いていました。今思うと、自衛隊の訓練でもパーマをかけたり、なんか意味不明の見栄を張っていたのが、副操縦士になってもそのまま続いていたんです。 「俺は機長をやってたんだぞ」 そんな気持ちが、心の奥底にずっとありました。今思うと、航空大学校からスムースに行かなかったことに、意味を見出そうとしていたのかもしれません。

副操縦士時代の権威主義的な機長文化

副操縦士になっても、変な見栄は続いていました。今思うと、自衛隊の訓練でもパーマをかけたり、なんか意味不明の見栄を張っていたのが、副操縦士になってもそのまま続いていたんです。

「俺は機長をやってたんだぞ」

そんな気持ちが、心の奥底にずっとありました。今思うと、航空大学校からスムースに行かなかったことに、意味を見出そうとしていたのかもしれません。

その頃の機長は、カバンに「The captain is the law」みたいなシールを貼って、俺様な人が多かったです。とにかく権威的で、副操縦士の役目は、組む機長に合わせて気持ちよくフライトさせることが役目でした。

ベテランの副操縦士になると、機長のちょっとした目線の感覚で、やりたいことをすぐに察知して、すぐに反応してあげる。目がちらっと動いただけで、フラップを下ろし、ランディングギアを下ろしたり、管制にリクエストをしています。

それぞれの機長によってフライトのやり方が違い、それぞれに合わせるのが良い副操縦士でした。

「機長はえらい」という絶対的ヒエラルキー

当時の文化では、機長はえらく、機長の前を歩くなんてことは論外でした。

「あのやろう、俺の前を歩きやがった」とこき下ろされます。

「副操縦士の分際で髭なんか生やしやがった」

しかし、ドアが近くなるとサッと前に回って、ドアを開ける。タクシーでは、運転席の後ろの上席に機長を導く。フライトの後の食事会では、一番末席に座り、お酒の用意や料理のオーダーなどをしなければなりません。

遠い皿の食材を取り分けてあげたり、お酒がなくなりそうだったら作り直す。客室乗務員を盛り上げ、場を和ませる。

副操縦士がフライトに意見するなんてことは、ほとんどできませんでした。

「The captain is the law」の勘違い

あの頃の機長は、コマンダビリティーをとても重視していました。人に指示をして従わせる、これがリーダーの役目だったのです。だから、絶対の存在でなければならない。

「The captain is the law」というフレーズを、まるで「俺が法律だ」「俺の言うことは絶対だ」という意味で使っていたように思います。

でも今思うと、キャプテン、キャプテンと言われて、だんだんと自分は偉いと思い込むようになっていたのでしょう。その偉さを証明しなければいけないので、「俺のやり方の方が正しい」と無理やり理屈をつけたり、自分の判断ミスを認めずに相手のせいにしたりする。

そりゃ、うまくいくこともあるけれど、自然相手の飛行機では、一つのやり方なんて通用しないのに。

マニュアルを自分勝手な解釈をして、自分のルールでフライトをしている人もいました。中にはとても良い機長はたくさんいたのですが、勘違い機長も結構いたのです。

不思議なことに、偉そうにいう人ほど、操縦は下手でした。一貫した理論もない。自分勝手な理論を振り回して、自分の偉さを必死にアピールしていたんだと思います。

でも本来、「The captain is the law」の意味は全く違います。

機長は、航空機の航行中、その航空機に急迫した危難が生じた場合には、旅客の救助及び地上又は水上の人又は物件に対する危難の防止に必要な手段を尽くさなければならない。

つまり、緊急時に旅客と地上の安全のため、最終的な責任と判断権限を持つという意味だったのです。日常的に「俺が偉い」ということではなかった。

「ふざけるな」と思っていた私の反発

私は、そんな権威主義的な文化に対して「ふざけるな」と思っていたので、一切そういう行動をしませんでした。

タクシーも先に着くとさっさと乗ってしまいます。宴会でも知らん顔をして奥の席に座ります。

「機長なんてえらくない。ただ責任があるだけだ」

そう思っていたので、彼らの権威主義的な態度には従いませんでした。

そんなことを続けているので、機長の中には評判が悪い人も出てきます。

「お前のような気の利かないやつは、絶対に機長にしない」

そう言われても、心の奥では「お前らは、ゼロからフライトを組み立てて飛んだこともないだろう」なんてことを思っていました。

「俺は修羅場をくぐってきたんだぞ」みたいな気分になって強がっていました。

気づいた自分の矛盾

しかし、今振り返ってみると、権威主義的な機長たちを批判していた私自身も、別の形で見栄を張っていたのです。

「俺は機長をやってたんだぞ」 「俺は修羅場をくぐってきた」 「お前らとは違うんだ」

結局、私も自分の経験や過去を盾にして、自分を偉く見せようとしていました。

機長たちが「The captain is the law」を勘違いして権威を振りかざしていたのと、私が「俺は機長だった」と過去の経験を振りかざしていたのと、根本的には同じことだったのです。

どちらも、本来の意味や価値を取り違えて、自分を偉く見せるための道具にしてしまっていた。

本当のプライドとは何か

人は、地位や肩書き、過去の経験があると、だんだんと自分を偉いと勘違いしてしまいがちですね。

機長という地位があれば「俺は偉い」と思い込み、過去に機長をやっていた経験があれば「俺は特別だ」と思い込む。

でも、それは本当のプライドではないのです。

本当のプライドとは、自分のやるべきことに向かって、自分を常に磨いていることだと思います。

地位や肩書きは、そのためのツールに過ぎません。過去の経験も、これからの成長のための糧に過ぎません。

機長の本当の役割は、緊急時に最終責任を負うこと。そのために日頃から安全で確実な運航ができるよう、自分を磨き続けること。

副操縦士の本当の役割は、チームとして安全な運航を支えること。そのために自分の技術と知識を向上させ続けること。

どちらも、自分を偉く見せるためではなく、やるべきことを果たすために存在するのです。

あなたも見栄を張っていませんか?

もしかしたら、あなたの周りにも「俺は偉い」と勘違いしている人がいるかもしれません。

でも、その人を批判する前に、自分自身を振り返ってみてください。

過去の経験を振りかざしていませんか? 自分の専門性を偉さの証明に使っていませんか? 他の人を見下すことで、自分の価値を確認しようとしていませんか?

私がそうだったように、権威を批判する人も、実は別の形で見栄を張っているかもしれません。

本当のプライドは、他人と比較することでも、地位や経験で証明することでもありません。

自分のやるべきことに向かって、黙々と自分を磨き続けること。

それが、本当に誇るべきことなのだと思います。

「The captain is the law」の本当の意味を理解できるようになった今、そう思います。

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