· パイロットの目  · 17 min read

正しい選択肢なんて存在しない

リーダーシップに最も大切なものの一つに、決断力があると言われています。 まあ、そうだろうなと思います。30年飛んできて、それは否定しません。 ただ、決断力の正体って何なのかと聞かれると、これがなかなか厄介で。 「正しい判断を素早く下す能力」——そう思っている方が多いのではないでしょうか。


リーダーシップ

リーダーシップに最も大切なものの一つに、決断力があると言われています。

まあ、そうだろうなと思います。30年飛んできて、それは否定しません。

ただ、決断力の正体って何なのかと聞かれると、これがなかなか厄介で。

「正しい判断を素早く下す能力」——そう思っている方が多いのではないでしょうか。

私もそう思っていた時期があります。でも30年コックピットに座ってみて、どうやらちょっと違うぞ、と。


直感力と速度

決断力を支えているものは二つあると思っています。直感力と、速度です。

頭に答えが浮かんでいても、動くのが遅ければ意味がありません。コックピットでは、1秒の迷いが状況を一変させます。直感が「こっちだ」と言った瞬間に、身体が動いている。その瞬発力がなければ、直感はただの感想で終わってしまいます。

直感というと、なんだか怪しげに聞こえるかもしれません。勘ピューターかよ、と笑われそうですが。

でも直感というのは、自分の全ての経験や知識——脳の奥深くにある、自分でも意識していない記憶や感覚——を総動員して、一瞬で脳が叩き出した答えのことなんです。

ここで最も大切なのは「経験」の部分です。

経験の裏付けのない直感は、単なる思いつきです。ひらめいた瞬間に「自分はこの領域で十分な経験があるのか?」と問えるかどうか。その問いを持てない人間の直感は、ただの思いつきになってしまいます。

以前、フォーメーション飛行を軽い気持ちで引き受けて、空中衝突寸前になったことがあります。あの時の私には「できるだろう」という直感もどきがありました。でもそれは経験に裏打ちされたものではなくて、知らないからこそ湧いてきた根拠のない自信だったんです。

その経験に裏打ちされた直感の答えは、私のパイロット人生の中では、ほぼ正しかったように思います。

なぜかというと、理由は逆説的なんですが、選択肢にBESTが常に存在しない限り、WORSTも存在しないんです。

つまり、自分の直感が選んだものが、その瞬間において最も正しい選択肢になる。


ショックウェーブの先端

「ベストもワーストもないなんて、ずいぶん無責任な話だな」と思われるでしょうか。

ちょっと聞いてください。

上空で突然、揺れがひどくなる。機体がガタガタと揺さぶられる中で、副操縦士は情報を集め始めます。運航管理に連絡して、これから先の空域を飛んでいる他機の揺れの状況を問い合わせる。

当然の行動です。正しい手順でもあります。

ただ、ここで一つ、決定的な問題があるんです。

集めた情報には、時間の概念がついていない。

10分前にその空域を通過した機体の揺れ情報は、10分前の空の話です。大気は生き物のように動いています。雲の形が変わり、風の層がずれ、気温が変化する。その10分の間に、空はまったく別の顔になっていることがあるんです。

私たちは常に、情報の最先端にいます。

ショックウェーブの先端、とでも言えばいいでしょうか。大気の変化が押し寄せてくるその最前線に、今まさに自分の機体がいる。目の前の雲の形、身体に感じる揺れの質、窓の外の空気の色。それらすべてが「今この瞬間の情報」であって、無線で集めた他機の報告は、すでに過ぎ去った過去の断面に過ぎません。

天気図を読むというのは、過去のデータを眺めることではなくて、立体的な空気の層がどう変化しているか、その変化の方向と速度を感じ取って、自分がどうするかを判断することなんです。

過去の情報を積み上げても、未来への判断はできない。少なくとも私はそう思っています。


最悪の選択

ベスト・ワーストがないと言いましたが、最もやってはいけないことは、はっきりしています。

迷ってぐずぐずすることです。

問題が目の前に現れた。どうしよう。もう少し情報を集めよう。データを確認しよう。他の人の意見を聞こう。裏付けを取ろう。

これをやっている間に、時間だけが確実に過ぎていきます。

たいてい、情報を集めたがるのは、人を納得させるためです。上司を、部下を、会議のメンバーを。「これだけの根拠があるから、この判断は正しいんです」と。

……自分に自信がないからなんですよね。

私も覚えがあります。

でも情報はいくら集めても過去のものです。過去の情報をどれだけ積み上げても、未来の道は見えてこない。

しかもその情報は、実はあなたの脳がすでに蓄積しているんです。

「どうしよう」と迷うという行為そのものが、目の前に「選択肢」が現れた兆候を脳が感知している証拠なんです。いままでの経験と知識から「このまま進むとまずいぞ」と脳が感知しているから、選択肢を感じる。

脳はもう答えを出しています。新しい方向に行けと、信号を送っている。

それなのに「もっとデータを」「定量的な裏付けを」と言って先延ばしにしてしまう。

これが最悪の結果を招く元凶だと、私は思っています。


後出しジャンケン

以前、マーケティング4.0という本を読んだことがあるんですが、正直こう思いました。

後出しジャンケンだな、と。

過去にうまくいったマーケティング現象を分析して、手法として体系化する。それ自体は知的な作業だと思います。でもそれを「これからの戦略に活かしましょう」と言われても、もうその時点で過去の話なんですよね。

うまくいった理由を後から説明するのは誰にでもできます。問題は、次の変化が来たとき、目の前の空気の動きをどう読むかです。

コンサルタントに高い金を払っても同じことだと思います。彼らが持ってくるのは、過去にうまくいった他社の事例です。その事例が生まれた瞬間の空気感も、判断の震えも、そこにはない。

パイロットが過去の気象データだけで着陸判断をしないのと同じです。データは参考にします。でも最後に決めるのは、今この瞬間に自分の身体が感じている風なんです。


過去の今、現在の今

今決断しなければならない「選択肢」を、何日も経ってから選んでも意味がないんです。

それは「過去の今」であって、「現在の今」ではない。

現在にはもう新たな選択肢が現れているはずなのに、過去の選択肢にしがみついている間に、それすら見えなくなっている。

迷うということには、こういう二重の損失があります。目の前の選択肢を逃すだけじゃなくて、次に現れるはずだった選択肢まで見えなくしてしまう。


決断した後の話

じゃあ直感で決めるなんて乱暴すぎないか。

……そう思いますよね。私も最初はそう思っていました。

大事なのは、決断した後の話なんです。

決断したら、その結果をよく見て、まずいと感じたらすぐに修正する。躊躇なく舵を切る。この柔軟さが、直感による決断を支えています。

むしろ厄介なのは、一生懸命考え抜いた決断の方なんです。「これだけの情報を集めて、これだけ考えて出した結論なのだから、間違っているはずがない」——こういう決断ほど、固執しやすい。

でも、瞬間に風は変わってしまいます。

その変化に対応するためには、ゴールと、そこに至る全体像のイメージが頭の中に描けていることが前提になります。

私の場合はこうでした。その日の着陸というゴールから逆算して、大気の変化、雲、風の全体像をイメージし、離陸からのプロセスを組み立てる。そのイメージが明確であればあるほど、脳はイメージとのズレを瞬時に知らせてくれます。


脳は言葉を使わない

その「知らせ」は、明確なものではありません。

何となく肌合いが違う。苦っぽい感じがする。何か合わない。しっくりこない。

非常に微妙な感覚なんです。脳は言葉を使っていないんじゃないかと、最近は思うようになりました。言葉を使って考えた途端に、脳が固くなるような感覚があるんです。

私たちはこの微妙な感覚を、情報や言葉の中に埋没させてきたのかもしれません。

「~しなければならない」「~するはずだ」「データではこうなっている」

その過去の観念が、本来持っている力を削いでいるような気がしてなりません。


「俺は正しい」

偉そうなことを書いていますが、私自身、これができていなかった時期が長くあります。

機長になって、「正しい判断をしなければ」と肩に力が入っていた頃、私はむしろ情報を集める側の人間でした。経験が足りないのではないかというコンプレックスから、マニュアルを部屋中に広げて、知識で武装しようとしていたんです。

でも結局、自信を取り戻せたのは、知識の量が増えたからではありませんでした。

「俺は正しい」と頭の中でつぶやきながら、目の前の選択肢を片っ端から即断即決していく。ばかばかしく聞こえるかもしれませんが、ウォーキング中にぶつぶつ「俺は正しい」と言いながら2時間歩いていた時もありました。

その積み重ねの中で、少しずつ自分の直感を信じられるようになっていったんです。

生活のすべてが、瞬間のジャッジの連続でした。ご飯かおかずか。座るか立つか。行くか行かないか。意識するしないにかかわらず、すべてを自分で選んでいるんだということが体感としてわかった時、選択肢の見え方が変わりました。

どちらを選んでも、実はそんなに変わらないんです。

決めれば、あとはやるだけ。

そしてまた、新たな選択肢が目の前に現れてくる。


正しい選択肢なんて、存在しないんだと思います。

だからこそ、今この瞬間の自分の感覚を信じて、動いてみる。

動いた先で、また感じる。また動く。

……まあ、それだけのことなのかもしれません。

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