· パイロットの目 · 12 min read
問題解決とは、創造力である
気遣いができて、操縦も上手い。よく勉強もしている。 そんな副操縦士でも、機長昇格訓練に入ると、思いのほか苦労することがあります。 不思議ですよね。 優秀だと言われていた人ほど、つまずいてしまう。 周りも本人も「なんで?」と首をかしげます。
気遣いができて、操縦も上手い。よく勉強もしている。
そんな副操縦士でも、機長昇格訓練に入ると、思いのほか苦労することがあります。
不思議ですよね。
優秀だと言われていた人ほど、つまずいてしまう。 周りも本人も「なんで?」と首をかしげます。
私は長いパイロット生活の中で、その光景を何人も見てきました。
そして、自分自身もその渦中にいた一人でした。
「良い副操縦士」の落とし穴
副操縦士時代に高い評価を受ける人には、ある共通点があります。
機長の意図を素早く汲み取る。言われたことを素直に実行する。 段取りが良くて、機長が何も言わなくてもスッと動ける。
これは本当に素晴らしいことだし、安全運航に欠かせない能力です。
でも、機長訓練に入った途端に、その「素晴らしさ」が足枷になることがあります。
なぜか。
副操縦士として求められていたのは、機長が描いたフライトのイメージの中で、正確に自分の役割を果たすこと。
でも機長に求められるのは、そのイメージそのものを自分で描くことなんです。
フライトの全体像を構想し、気象、燃料、空港の状況、チームの状態——あらゆるものを見渡して、「今日のフライトはこうする」と決める。
それは、言われたことを上手にこなす能力とは、まったく別のものでした。
うまくいかない人は、機長昇格訓練の教官のいうことを素直に聞いて、一生懸命に再現しようとしてしまいます。
文化が変わると、自分の価値が揺らぐ
JASとJALが統合した時、まさにこの問題が大きく表面化したように思います。
JASの国内線運航では、機長の操縦技術というものが重要視されていました。短い滑走路、山越えの横風、雪で真っ白な視界。 厳しい条件を腕で捌ける機長が、尊敬を集めていました。
副操縦士もそれを見て育ちます。 「あの機長のように飛べるようになりたい」と。
ところがJALの長距離国際線では、考え方がまるで違いました。
何時間もの長いフライトを、時に徹夜で飛ぶ。疲労の中で個人の技量に頼ると、ミスの確率は格段に上がります。
だから、オートメーションをフル活用して、二人の頭で判断し、誰が飛んでも均一な品質のフライトを実現する。そういう運航思想でした。
JASで培った「操縦が上手い」という自分の価値に自信を持っていた副操縦士ほど、この文化の違いに苦しんでいるように見えました。
それまで自分を支えてきた「俺はこれができる」という拠り所が、新しい環境では必ずしも求められていない。
でも、だからといって今までの自分が間違っていたわけではありません。
ただ、それだけでは足りない世界に立たされた、ということなんです。
同じ枠の中でもがいても、答えは出てこない
こういう時、人は大抵、今まで通りのやり方をもっと頑張ろうとします。
もっと上手く飛ぼう。もっと正確に操作しよう。もっと勉強しよう。
でも、解決策がわかっていれば、とっくに行動しています。問題にはなっていません。
悩んで、苦しんで、どうしていいかわからない。 それは今の思考の枠では答えが出せないということです。 いくら同じ枠の中で頑張っても、出てきません。
私は長い時間をかけて、問題解決というのは本質的に創造的な行為なんだろうなと感じるようになりました。
パイロットの仕事で言えば、 「フライトの価値を創造する」ということなのかもしれません。
操縦技術を見せることでもない。言われた通りにこなすことでもない。 今日の気象、この機体、このチーム、このお客さま。 すべてを見渡して、「今日のフライトをどう創るか」を構想する。
それは過去の知識や経験をなぞる作業じゃなくて、目の前の状況から何かを生み出す行為です。
そして面白いことに、何かを創り出そうとする時、変わるのは対象だけじゃありません。創っている自分自身も、変わっていきます。
「今日のフライトをどう創るか」と考え始めた時、「言われたことを上手くやる自分」から、「自分で描いて動く自分」に、いつの間にか変わっている。
創造するということは、何かを作り出すと同時に、
自分自身をも作り変えてしまう行為なんだと思います。
言葉を手放して、感じてみる
「今の思考を手放せ」と言っても、じゃあ具体的にどうするのかという話ですよね。
私がたどり着いたのは、言葉で考えるのをやめてみるということでした。
「〜しなければならない」「〜すべきだ」
そういう言葉で自分を駆り立てるほど、思考は硬くなります。同じ枠の中でぐるぐる回るだけです。
そうじゃなくて、自分がどうありたいかを、感情とイメージで感じてみる。
機長として座っている自分。落ち着いている。声に余裕がある。隣の副操縦士が安心している空気。窓の外の風景。手のひらに伝わる操縦桿の感触。
言葉じゃなくて、身体が感じるリアルなイメージです。
脳は暗い頭蓋骨の中で、身体から伝わる感覚で世界を把握しています。 だから、言語よりも感覚のイメージの方が、脳にはずっと自然な言葉なのかもしれません。
「こうしなければ」じゃなくて、「こうありたい自分」をリアルに感じる。
そうすると不思議なことに、「頑張って変わろう」としなくても、行動が少しずつ変わっていったりします。
苦しい時ほど、今の自分を手放すチャンス
悩んでいる時は、考えても仕方ないです。
同じやり方で頑張っても上手くいかない。それは自分がダメなんじゃなくて、今の思考の枠では解けない問題が目の前に来ただけです。
ただそれだけのことなんですけど、渦中にいる時はそうは思えないんですよね。
私もそうでした。追い込まれている時、「もっと頑張らなきゃ」と自分を締め上げて、どんどん悪くなっていった。
結局どうしたかというと、「もうどうせダメなら、やりたいようにやって終わろう」と開き直っただけです。
カッコよく「思考の枠組みを手放した」んじゃなくて、もう手放すしかなかった。
でも、振り返ると、あの「もういいや」が転機だったような気がします。
問題を解決してやろうなんて気負いが消えた時に、なぜか問題の方が形を変えていった。
そんなものなのかもしれません。
[✳️ 私について
[70歳。元JAL機長。今もwingfoilで転び、AIと格闘しながらサイトを作っています。 「野生を忘れない」をテーマに、学びと挑戦を続けています。