· パイロットの目 · 13 min read
『あいつはセンスがない』
路線部門へ移る前のヘリコプター事業部での経験を加味され、副操縦士は3年で終わることができました。 機長昇格には「セニョリティー」という年功序列のようなシステムがあって、副操縦士になった順番に機長昇格訓練に入ることになります。組合のおかげと周りの支援のおかげで、順番を確保することができました。
副操縦士3年の日々
路線部門へ移る前のヘリコプター事業部での経験を加味され、副操縦士は3年で終わることができました。
機長昇格には「セニョリティー」という年功序列のようなシステムがあって、副操縦士になった順番に機長昇格訓練に入ることになります。組合のおかげと周りの支援のおかげで、順番を確保することができました。
普通に順番を待つことになれば、10年後。50歳を超えてしまうところでした。
この「副操縦士3年」というのは、後になってわかることですが、私にとっては、良いことだったかどうかわかりません。近道は、必ず後でお釣りが来る。でも、当時の私はそんなことは知る由もありません。
飲み会という名の学びの場
私が副操縦士の時代は、フライトの後には必ず、飲みの席がありました。
国内線の勤務パターンというのは、大抵2泊3日。地方都市を転々と回って、ほとんど毎晩違う宿泊地に泊まります。
機長たちと飲んで、いろいろな経験のことを聞くのは本当に役に立ちました。テクニックやフライトに対する考え方、姿勢など、フライトだけでは経験できないものばかりでした。
ほとんどの機長は丁寧に自分の経験を伝えてくれました。しかし中には全く言葉を交わさない機長や、とにかく安い居酒屋で安く済ませたい人もいました。
中には、副操縦士の批評ばかりする機長もいました。
90%は失敗の店選び
この、人の批評ばかりする人と飲む時は、ほんとに嫌でしたね。
「なんで仕事が終わった自分の時間なのに、気を使って飲んだり食べたりしなければいけないのか」
正直、そんな気持ちでした。
でも、どうせやらなければいけないなら、もっとこの時間の価値を上げたい。
そう思って、機長との飲みがない時は、店探しをしていました。飛び込みで入った店が最悪で、次の店、次の店と梯子して…という感じです。
店選びって、90%くらい失敗していました。
入った瞬間にちょっと生臭い匂いがしたり、ウェルカムな挨拶がなかったり。そういう店は大抵ダメでしたね。「やばいな〜、ダメかも」と思った瞬間の直感は、ほぼ当たっていました。
でも、その失敗から学んだことがあります。良い店には「良い空気感」があるんです。
良い空気感が生む良い会話
良い空気感のある店だと、自然に会話も良い方向に弾んできます。
機長の貴重な経験談、技術的なアドバイス、飛行に対する深い考え方…本当に勉強になる話が次々と出てきました。
「ああ、こういう話なら聞く価値があるな」
店の雰囲気が良いと、人も自然と良い話をするものなんですね。
実は、操縦で大切なことって、ほとんど飲み屋で学んだことの方が多かったかもしれません。
ところが、そんな良い空気感の店で、良い会話が続いている中でも、時々話の流れが変わることがありました。
副操縦士の批評が始まると
「あの副操縦士はこんなことしやがってよ〜、知識不足なんだよな」とか「あいつはフライトセンスがないよな」とか。
せっかくの良い雰囲気が、一瞬で変わってしまいます。
話す方は、「お前は違うよ」と言いたいのでしょうが、聞いている方はそうは受け取りません。
人の失敗は必ず自分でもやってしまうからです。
その時はそんなことは自分はしないよなと思って聞いています。でも、人がやった失敗って、必ず自分でもやってしまうんですよね。
その状況にない人は、なんとでも言えます。「なんでそんなミスするの?」「注意してれば防げたでしょ?」って。
でも、実際にその状況に陥ると、誰でも同じようなミスをしてしまう。
だから、自分が同じようなミスをした時、「あー、私も同じように言われている」と思ってしまうんです。
それって自分ではどうしようもないので、一度思い込んでしまったら、リカバリーができなくなってしまいます。
気づかないうちに、チーム全体の力を削いでしまう
フライトや、会議のために運航乗員部に立ち寄らなければいけない時があります。
その時、部長や、主席などが、難しい顔をして話し合っていると、自分のことを言われているのでは?きっとこの間の審査でのミスの話をしている。機長が仏頂面でブリーフィングに現れると、「ああ、あの時のことが知れ渡っているんだ」「センスがない副操縦士だと思われているんだ」と勝手に思ってしまう。
実際には、他の人は、そんなことはほとんど考えていないのでしょうね。単に子供と喧嘩したとか、胃が痛いとか、その程度のことなのに。
機長の何気ない表情や態度が、私の心の中で勝手に膨らんで、とんでもない妄想を生み出してしまう。
「今日は機嫌が悪そうだな」 「きっとこの間のミスのことを怒っているんだ」 「また何か言われるのかな」
一人で勝手にドキドキして、一人で勝手に落ち込んでいました。
あの頃の私は、副操縦士としての評判をいつも気にしていました。「あいつは優秀だ」という話を聞くと、私はダメなんだと思ってしまう。何かミスをした時のリカバリーに時間がかかってしまっていたんです。
萎縮した副操縦士の正体
萎縮した副操縦士が、どんなパフォーマンスを発揮するでしょうか?
「これを言ったら怒られるかな」 「ミスしたらまた陰で笑われるかな」 「下手だと思われたくない」
そんなことばかり考えている副操縦士が、機長をしっかりサポートできるでしょうか?
気づいたことを率直に言えるでしょうか?
結局、チーム全体のパフォーマンスが下がってしまうんですね。
上に立つ人の言葉の力
機長は、副操縦士の批評をすることで何を得ているのでしょうか?
自分が優秀だという確認?ストレス発散?仲間意識の演出?
でも、その代償として失っているものは計り知れませんよね。
部下や後輩の可能性を潰し、チーム全体の力を削いでしまう。
上に立つ人の何気ない一言が、組織全体にどれほどの影響を与えるか。
せっかく良い店を見つけて、良い雰囲気で有意義な時間を過ごしていても、たった一つの批評話でそれが台無しになってしまう。
それと同じように、職場でも、上司の何気ない批評が、部下のモチベーションや能力を一瞬で削いでしまうと思っています。
当時の私には理解できませんでしたが、今振り返ると恐ろしいことだと思います。
失われた可能性
副操縦士時代の3年間は、そんな小さな出来事の積み重ねでした。
貴重な経験談を聞ける場でもあり、批評に萎縮する場でもあり、90%失敗する店探しの冒険の場でもある。
上に立つ人の言葉が、人の深いところに棘のように突き刺さってしまう怖さを知らずに、ただ毎日を過ごしていました。
もし、あの時の機長たちが、批評ではなく建設的な話だけをしていたら、私はもっと自信を持って飛べていたかもしれません。
もっと積極的に質問し、もっと多くを学べていたと思っています。
あなたの周りにも、何気ない批評で萎縮している人はいませんか?
そして、あなた自身は大丈夫でしょうか?
実は気づかないうちに、誰かの可能性を摘んでしまっていることって、ありませんか?