· パイロットの目  · 11 min read

第2回 宮崎での計器飛行訓練

帯広でのソロチェックをなんとか突破した私たち。次の訓練課程のため、今度は宮崎空港へ移ることになりました。北海道の極寒から九州の温暖な気候への移動—これだけは天国のような変化でした。 ソロチェックも通っているので、ひとまず安心です。 宮崎では、一部屋に4人が生活します。フライト訓練中の年長者と、これからフライトに入る学生の混成チーム。

北の帯広から南の宮崎へ

帯広でのソロチェックをなんとか突破した私たち。次の訓練課程のため、今度は宮崎空港へ移ることになりました。北海道の極寒から九州の温暖な気候への移動—これだけは天国のような変化でした。

ソロチェックも通っているので、ひとまず安心です。

宮崎では、一部屋に4人が生活します。フライト訓練中の年長者と、これからフライトに入る学生の混成チーム。先輩のフライト学生は絶対的な存在でした。私たちにとって、彼らの一挙手一投足が将来の指針だったのです。

美しいボナンザとの出会い

今度の機体はボナンザ—ビーチクラフト社製の美しい単発機です。これまでのFA-200よりもずっと高性能で、計器飛行訓練には理想的な機体でした。

頑丈で安定していて、操縦がとても楽しい機体でした。機体そのものに惚れ込んでしまうほどの美しさと性能を持っていたのです。

ナビゲーション訓練の世界

宮崎課程の目的は、ナビゲーション(航法)と計器飛行のライセンス取得。これまでの「空港周辺をぐるぐる回る」基礎訓練から一変し、今度は決められたコースを、外を見ないで、計器の情報だけで正確に飛行する技術を磨きます。

風を読む技術

航法訓練で最も重要なのは、風の影響を正確に計算することです。空中では常に風が吹いています。この見えない風を計算に入れなければ、目的地にたどり着けません。

訓練では計算板という円形の計算器を使います。現在の風速・風向と、目的地への方位・距離を入力して、実際に機首を向けるべき方向(ヘディング)を算出するのです。

ところが、この計算作業を揺れる機体の中で、膝の上に地図を広げながら行わなければなりません。そう、常に下を向いて細かい作業をするのです。

空酔いとの終わりなき闘い

帯広でも空酔いに苦しんでいた私でしたが、宮崎での訓練はさらに過酷でした。

計算板での作業のため常に下を向き、地図上に線を引き、コンパスで距離を測る。このような細かい作業をしながらの飛行は、空酔いを引き起こす完璧な条件が揃っていました。

フライトのたびに、タプタプになった吐き袋を持って機体を降りる日々。教官も隣に座っているため、せめて迷惑をかけないようにと必死に我慢していました。しかし、ナビゲーション訓練では下を向く作業が避けられません。

風の計算をしている最中に気分が悪くなり、計算を間違える。するとコースから外れる。教官に叱られる。さらに気分が悪くなる…という悪循環の繰り返しでした。

種子島を目指して飛んでいるはずなのに、気がつくと馬毛島の上空を飛んでいる始末。地図を見れば一目瞭然の間違いですが、空酔いで朦朧とした頭では正常な判断ができませんでした。

今では考えられないスパルタ教育

日常だった体罰

現在では到底考えられませんが、当時の航空大学校は非常にスパルタな環境でした。殴られるのは日常茶飯事。操縦を間違えれば容赦なく頭を叩かれ、後部座席に座っていてもハンドマイクが飛んでくることもありました。

機内での指導は特に厳しいものでした。操縦ミスをした瞬間、即座に怒声が響きます。

「何をやってるんだ!」 「集中しろ!」

そんな罵声とともに、時には物理的な「指導」も加わりました。

常に求められる完璧な準備

当時の私たちが最も神経を使ったのは、時間の正確さと徹底した準備でした。

毎朝早く起きて、NHKの気象通報を聞きながら天気図を作成し、その日のフライトプランを綿密に立てます。風向、風速、雲の状況、視程—すべてを把握して訓練に臨まなければなりません。

もし準備が不十分だと判断されると、離陸前の滑走路脇で突然「降りて歩いて帰れ」と機体から降ろされることもありました。一人とぼとぼと歩いてエプロンの校舎まで帰る姿は、見ているだけで胸が痛みました。

「次は自分の番かもしれない」

そんな思いが常に頭の片隅にありました。とにかく準備だけは絶対に手を抜けませんでした。

当時の私たちの心境

しかし、それを理不尽だとは当時はまったく思いませんでした。

出来が悪い自分が悪いのであって、教官の指導は当然のことだと受け入れていたのです。疑問を持つという発想すらありませんでした。

厳しさの意味を今思う

「厳しい指導のおかげで今の私があります」

そんなことを言う人がいますよね。でも本当にそうだったのでしょうか。

「獅子は我が子を谷に落とす」なんて言葉もありますが、本当のライオンはそんなことはしません。ちゃんと我が子を大切に守り、育てます。

殴られなかったり、怒られなかったら、もっと楽しく成長できたかもしれません。

確かにある程度は根性でなんとかなる部分もあると思います。でも、それ以上はできないかもしれないという自分が心の深いところにいて、いつも自信がない状態を作っていたのかもしれません。

ただ、理不尽な要求でも、絶対になんとかできるという気持ちはついたかもしれません。

今思うと、もっと違うやり方があったと思います。しっかりと考え、イメージを使って、いろいろな状況に応じた変化を考え抜く—そんな教育方法があったのではないでしょうか。

あの環境が本当に良かったのかどうか、正直なところよく分からないのです。

読者の皆様へ

次回は、仙台課程での双発機訓練について書こうと思います。宮崎よりもさらに複雑な訓練で、エンジン故障の対応なども学びました。

そして航空大学校を卒業した後、どんな進路が待っていたのか。実はここからが本当の苦労の始まりだったのです。


今回の記事はいかがでしたか?ご質問やご感想がございましたら、コメント欄でお聞かせください。皆様との交流を楽しみにしています。


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