· パイロットの目 · 6 min read
声には、心の中が全部乗ってしまう
浮き上がる直前のエンジン故障 「エンジン、フェイラー!!」 副操縦士の声が響きます。 視程200m。センターラインが3〜4本しか見えません。滑走路は雪でほぼツルツル。 そんな最悪の状況で、片方のエンジンが浮き上がる寸前に故障する——。
浮き上がる直前のエンジン故障
「エンジン、フェイラー!!」
副操縦士の声が響きます。
視程200m。センターラインが3〜4本しか見えません。滑走路は雪でほぼツルツル。
そんな最悪の状況で、片方のエンジンが浮き上がる寸前に故障する——。
パイロットは定期的にシミュレーター訓練を受けます。2時間の間に、エンジン故障、火災、油圧系統、自動操縦の故障が立て続けに起こります。いつ何が来るかわかりません。
正直に言うと、私は叫んでいました
副操縦士の訓練時代、そして機長訓練の最初の頃。
V1の直前——
「リジェクト!!」
思いっきり叫んでいました。大きな声を出して、テキパキと操作する。それが正しいイメージだと思っていたんです。
V1というのは、離陸をそのまま続けるのか、やめるのかを判断する速度です。その速度以下では離陸を中止して「リジェクト」、それ以降では「Go」とコールします。
ところが、叫ぶと視野がぐっと狭くなります。外の景色も計器も見えなくなる。機体の挙動が感じられない。すべてのリズムが速くなって、手に力が入りすぎて、逆噴射レバーの操作が急激になってしまいます。
左右のエンジンの逆噴射がアンバランスになって、機体がセンターから外れていく。雪でツルツルの滑走路では、そのまま飛び出してしまいかねません。
大声を出していたとき、訓練はあまりうまくいきませんでした。
イメージフライトで気づいたこと
何度もイメージフライトを繰り返す中で、あることに気づきました。
興奮して、焦って操作している自分をイメージしていたんです。つまり、うまくいかないパターンを頭の中で繰り返し練習していた。
そこで、イメージを変えました。何があっても落ち着いて、静かにコントロールしている自分。すべての挙動や変化を感じ取って、対処できている自分。そのイメージを、何度も何度も頭の中で描きました。
中止と判断したら、声を落として「リジェクト」とコールアウトする。
機体の安定を最優先に。スムースなブレーキのリリース。確実な停止。
「素早く、じわっと」
矛盾しているようですが、これが緊急時の操作の感覚です。
声には、心の中が全部乗ってしまう
大きな声を出すと、副操縦士も緊張してしまいます。次の操作が飛んでしまう。確認すべきことを見落としてしまう。
声って、怖いなと思うんです。
どんなに冷静なふりをしても、心の中の焦りや不安が、声には全部乗ってしまう。そして相手は、その感情をモロに受けてしまいます。
言葉の内容じゃないんですよね。声のトーン、抑揚、リズム。そこに自分の内側が、全部出てしまう。
リーダーが焦っていれば、チームも焦る。リーダーが不安なら、チームも不安になる。
コックピットでも、会議室でも、家庭でも、たぶん同じことが起きている気がします。
30年飛んで、やっとわかったこと
現役を退いて、振り返って思うのは、結局「声をコントロールする」なんてできなかったな、ということです。
できたのは、自分の心の状態を整えることだけでした。
心が落ち着いていれば、声も落ち着く。心が焦っていれば、どんなに取り繕っても声に出る。
声は正直です。自分の内側を、そのまま相手に届けてしまう。
だから怖いし、だから気をつけなきゃいけなかったんだなと、今になって思います。