· パイロットの目 · 13 min read
自信喪失の罠
機長になって1年。年に一度の路線審査が待っていました。 私の経歴は少し変わっています。航空大学校を卒業後、ソニー商事に就職。その後ヘリコプターの免許を取得して東亜国内航空へ。10数年間、ヘリコプターや小型ジェットで取材業務を担当し、路線旅客機の機長になったのです。 最初のころは、この経歴を誇りに思い込もうとしていました。
人と違う経歴が、突然「足りない」に変わった瞬間
機長になって1年。年に一度の路線審査が待っていました。
私の経歴は少し変わっています。航空大学校を卒業後、ソニー商事に就職。その後ヘリコプターの免許を取得して東亜国内航空へ。10数年間、ヘリコプターや小型ジェットで取材業務を担当し、路線旅客機の機長になったのです。
最初のころは、この経歴を誇りに思い込もうとしていました。「他の機長とは違う経験を積んできた」「一人で全ての判断をしてきた」—でも実際は、定期航空の路線から一度外れてしまった回り道への理由づけに過ぎなかったのかもしれません。
でも、機長になって1年が経つころ、他の機長や副操縦士と話をする中で、彼らが路線運航でさまざまな経験をしていることを知ることになります。
話すうちに最初は、人の経験話は参考になるなんて思っていました。
「乗客が急病で、途中の空港に緊急着陸した時の判断は…」
「非常口を勝手に開けてしまった乗客への対応で…」
「台風で3時間上空待機している間、お客様への説明が…」
こういう話を聞いているうちに、何か気分が落ち込んでいくような感じがしていました。
飛行機の技量とは違う部分—お客様との関わり、緊急時の対応、様々なトラブルへの判断。そんな「場数」の話になると、いつの間にか「私は、そんな経験がない」という意識に変わってきたのでした。
心の奥底では劣等感を感じていても、同じように自信があるように振る舞うことはできていました。
同じ話を聞いているのに、気持ちの持ち方が変わっただけで、受け取り方が正反対になってしまったんです。
「これでいいのだろうか?もっと違う運航の考え方があるのでは?」
「私は、お客様と飛行した経験が少なすぎるのかも?」
その瞬間、強みだと思っていた「人と違う経歴」が、一転して「足りない経験」に見えてしまいました。
路線での経験が足りない。お客様を乗せて台風や雪、乱気流の中を飛んだり、タイムプレッシャーの中で判断したり、乗客のトラブルに対応したり…そんな経験が圧倒的に足りないんじゃないか?
一度そう思ってしまうと、今まで自信を持ってできていた判断にまで疑いを持つようになりました。
「上手いところを見せてやる」という見栄の罠
そして審査の日がやってきました。東京−出雲の往復です。
「今度こそ、俺は上手いんだということを見せてやる」
自分の中にある自信のなさを、審査での高い評価を得ることで払拭しようとしていたのかもしれません。
出雲空港への進入で、大阪からの便と重なり上空待機になりました。その日は気流も良く、天候も良好で最高の天気でした。いつもなら、計器飛行方式をキャンセルして、目視で他の機体との間隔や空港の進入状況を判断していくのですが、この日は違いました。
「文句をつけられないように」「安全確実だと思われるように」
そんなことを考えて、決められた方式に従って慎重すぎる進入をしてしまいました。
到着時刻が5分遅れてしまったのです。
着陸後、コックピットで着陸後の点検をやっている時に、審査官からボソッと一言:
「いつも、あんなチンタラしたことやってるの?」
もう、その瞬間から世界が変わりました。周りの全ての言葉、雰囲気、態度が自分を非難しているように感じてきました。客室乗務員との何気ない会話さえも、次の出発まで忙しくなってしまったという、私を責めているように聞こえてくるんです。
挽回しようとして、さらに墜落
復路では絶対に挽回してやる—そう決意していました。
効率の良い運航を見せてやる。なるべく高い高度を選択して、燃料の節約と飛行時間を短くして、遅れを取り戻すぞ。
高めの高度は、少し揺れる情報がありました。案の定、高度が上がるにつれて、コトコトとした揺れが大きくなってきました。
あー、ここで高度を変えるとプランニングが悪いと思われてしまう。
しかし、ベルトサインを切ってサービスもさせないといけない。
揺れが強くなってきたので、仕方なく低めの高度をリクエストします。そんな時は、他の飛行機も同じで、揺れない高度に集中して、なかなかリクエストが通りません。
ガタガタと揺れる機内で客室乗務員にサービスをさせてしまいました。
このプランニングの悪さも挽回しないといけない。
JET機は高い高度から、エンジンをアイドルにしたまま高度の位置エネルギーを使って効率的に降下するのがベストです。「今度こそ完璧な降下を見せてやる」
そう思って、羽田への進入角度を少し高めに設定しました。
ところが、降下中は房総半島の上空で南寄りの風、少し追い風になっていました。高い進入角度だとなかなか速度を殺すことができません。
本来ならスピードブレーキを使えば簡単に解決できるのですが…
「それを使うと、プランニングが悪いと思われてしまう」
そんな見栄が邪魔をして、使いたくなかったんです。
結果、速度が落ちない。前方機との距離がどんどん縮まる。
なぜ管制官から矢継ぎ早に速度の指示が来るかといえば、北からの進入機を私の前に入れるために、速度を遅くさせてセパレーションを開けようとしていたからです。
前の機体は、747で、大きな機体のくせに、早めにどんどん速度を遅くしてきました。
管制官も矢継ぎ早に速度調整を指示してきました。
速度を遅くすると、ただでさえ高めの高度を処理できなくなってしまいます。木更津上空は3000ftと決まっています。これを違反すると確実に審査を落ちてしまいます。
もう、見栄もへったくれもありません。
この頃には、声は早口になり、目の視野は狭くなり、呼吸は浅くなっていました。額には冷や汗が滲み出ていました。
最後はスピードブレーキ、スラット、ランディングギヤ、あらゆる抵抗を出して、速度調整をしました。
ギリギリのタイミングで、規定高度と速度を守り、ジャンボに続いて進入ができました。
ところが前の機体が着陸して、普通は滑走路の真ん中を過ぎたあたりで滑走路を出ていくのに、その時はなぜか滑走路の端まで行ってしまいました。
そのために着陸許可が出ません。
これで着陸をやり直すと、完全に私のプランニングミスが浮き彫りになってしまいます。
神様〜、高度200ftギリギリで着陸許可が出て、なんとか着陸しました。
着陸はとてもうまく降りることができました。
自分で認めることの大切さ
降りた後の評価で、審査官からは「規定違反、バイオレーションはないから落とさないけど、機長路線のフォロー訓練を入れます」と言われました。
今思えば、自分が判断ミスをした時は、自分で認めて、挽回をしようなんて思わないことが大切だったのかもしれません。
でも私の頭の中では「この人は今、俺のことをどう思っているだろう」「きっと呆れているに違いない」「もう見放されたかもしれない」という、自分が勝手に作り出したストーリーが暴走していました。
そのストーリーに振り回されて、判断がどんどん悪い方へ悪い方へ流れて行きました。
操作が遅れ遅れになり、結果的にすべてがギリギリのタイミングになってしまったんです。
次回は、この「フォロー訓練」でさらに深い沼にはまっていく話をお聞かせします。
指導を受ければ受けるほど、どんどんダメになっていく…
一体なぜそんなことが起こるのでしょうか?