· パイロットの目  · 9 min read

軽い気持ちで言った『できます』

納入された機体の塗装は、青いラインの入ったシャープな機体でした。 それをなぜか、ピンク色です。 その当時は、取材用の小型のAS350と、人員輸送用のシコルスキー S76という世界最高のヘリコプターも持っていました。 すべての機体をピンク色にしました。

なぜかピンク色の機体

納入された機体の塗装は、青いラインの入ったシャープな機体でした。

それをなぜか、ピンク色です。

その当時は、取材用の小型のAS350と、人員輸送用のシコルスキー

S76という世界最高のヘリコプターも持っていました。

すべての機体をピンク色にしました。

このS76は、現在トランプさんの自家用機になっています。

三菱との写真撮影プロジェクト

サイテーションの塗装を変えて、その勇姿を写真撮影するということになりました。

三菱の航空機開発の部門が撮影用の機材を持っているということで、お願いすることになった。

そこのパイロットはブルーインパルスのパイロットだったそうで、腕はピカイチということでした。

今は名古屋空港は県営となっていますが、当時は名古屋国際空港でした。

天気の良い日を調整し、当日名古屋へ。三菱の格納庫があるエプロンに到着し、打ち合わせをします。

軽い気持ちで言った「できる」

三菱のパイロットは、私たちもフォーメーション飛行は当たり前にできるものと思い込んでいるようで、「私たちが飛んでいるので、いいアングルに入ってください」ということでした。

まあフォーメーションはできないけど、Headingを合わせて、平行に飛ぶくらいはできるだろう。

そうたかを括ってOKをして出発しました。

焼津上空での危険な会合

会合空域は、焼津の上空くらい。当時は雲もなく富士山がとても綺麗に見えている日でした。

上空に上がり、無線で飛行している位置とヘディングを聞き、その付近に向かいました。

遠くに機体を見つけて少しづつ近づいていきました。

はじめはある程度平行に飛べていました。もう少し近づいてという指示で少しヘディングを振った瞬間——

あっという間に吸い込まれるように相手の機体の方へ。

私たちの機体は、三菱の機体の真下を通って反対側へ出てしまいました。

時速700kmで飛んでいるのですから、ちょっとした操作でも機体は大きく移動してしまう。

コックピットの驚いた顔を今でもはっきり覚えています。一瞬のことで、私も回避操作をしたのですが、この後、足が震えました。

間一髪の神業回避

相手が、自衛隊でもピカイチの腕のあるパイロットだったので、間一髪で回避してもらい、ことなきを得ました。

バラバラな方向に飛行したので、相手の機体がどこへいったのかもわかりません。 すぐに、無線で「ゆっくりと旋回をしていてください。私たちが横に付きますから」と。

ゆるいバンクをとり、大きく旋回していると、横にピッタリと張り付いてきました。

向こうから「どのように飛んでもいいですよ」と言われました。

それから、良い構図の撮れるところに飛んでいくのですが、どのような操縦をしてもピッタリと横に張り付いています。

大きなバンクをとっても全く同じ位置から離れません。

すごい腕だな〜〜

フォーメーション飛行の恐ろしい技術

後で調べて分かったのですが、編隊飛行では機体同士が数メートル、時には翼端が1メートル以内の距離を保ちながら飛行します。一糸乱れぬフォーメーション、これを時速数百キロで維持するのです。

異なる機種で編隊を組む場合は推力や機動性の違いから事故が起きやすく、熟練したパイロット同士でも安全を考慮して間隔を広げることが多いのが普通なのに、私は軽い気持ちで「できます」と言ってしまった。

「何とかなるだろう」の危険

何も言わなかったのですが、内心はびっくりしていたと思います。

できないことはちゃんと「できない」と言わないといけません。

でも、その高度な技術がいること、相当な訓練がいること、一歩間違えば空中衝突ということがわかっていない。

だから「できる」なんて言ってしまう。

これがわかっていないから、できるような気になっているだけなんです。

本当にできる人は、慎重に打ち合わせもし、相手の技量と自分の技量をきちんと把握していくのでしょう。

自分が「なんとなくできるだろう」と思っている時が一番危険です。

通訳の友人が教えてくれたこと

友人で通訳もやっている人がいるのですが、そのかたは、その言葉を「喋れる」とは一切言いません。

「専門の違うことはまったく訳せないし伝えることができない。自分が喋れるのかどうか自分でもわからない」と言っていました。

知れば知るほどわからないことが増えていくし、できればできるほど、できないことが増えてくる。

本当に怖いのは「知らないことを知らない」こと

高度な技術がいるとは思っていましたが、ヘリでも編隊飛行をやっていましたので、やり方はわかっているつもりでした。

でも「やり方がわかっている」のと「できる」では全く次元が違うんです。

知らないから「平行に飛ぶくらい、そんなの楽勝でしょ」なんて軽く考えられた。

でも現実は空中衝突寸前。相手がブルーインパルスの元パイロットじゃなかったら、今頃この話をしていないかもしれません。

「できます」と言った瞬間、私は自分がどれだけ無知か証明していたんです。

人間って、知らないことほど簡単に見えるものなんですね。私もその典型でした。


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