40年かかってやっと気づいたゴルフの本質
30歳から始めて、40年。 100を切れたのは65歳の時でした。 それまでずっと100前後をウロウロ。いい時があっても一瞬で崩れる。トップしたり、ダフったり。上がってみればダブルパー——そんなホールが毎回ありました。 練習していなかったわけじゃないんです。 インストラクターにも習った。
30歳から始めて、40年。 100を切れたのは65歳の時でした。 それまでずっと100前後をウロウロ。いい時があっても一瞬で崩れる。トップしたり、ダフったり。上がってみればダブルパー——そんなホールが毎回ありました。 練習していなかったわけじゃないんです。 インストラクターにも習った。
時速200km、高度150m。 窓を開けたジェット機の中は、轟音で何も聞こえません。 20年以上前の新潟。大雪の取材で、屋根の上で雪下ろしをしている人を撮影していました。 私は左席で操縦桿を握りながら、ターゲットに集中しています。 右席のもう一人の機長は、高度計、速度、周囲の障害物を見張っている。
「今度こそ絶対に失敗できない」 シミュレーター審査が終わり、実機審査は、離着陸操作の安定を見られるものです。 実機審査では、緊急事態もないし、飛行は実機の方がシミュレーターより安定しているので、安心です。他のメンバーは、ほぼリラックスして審査に向かっていました。 私は、崖っぷちです。
朝、事務所に着くと、 「小野、すぐ飛べ! 飛行機が落ちた」 と言われました。 「また〜、何、冗談を言ってるんですか?」 「冗談なんかじゃないよ。見てみろ、尾翼が見えてるだろ」
納入された機体の塗装は、青いラインの入ったシャープな機体でした。 それをなぜか、ピンク色です。 その当時は、取材用の小型のAS350と、人員輸送用のシコルスキー S76という世界最高のヘリコプターも持っていました。 すべての機体をピンク色にしました。
8ヶ月の整備見習いが終わって、ついに空に戻れる日がきました。 「これでやっと飛べる」 固定翼のパイロットの方が、高齢でやめることになり、私が固定翼の免許も持っているということで、パイロットとしての訓練をやってもらえることになりました。 とりあえず、ヘリコプターの免許からということになった。