· パイロットの目  · 9 min read

問題を通して全体を見る

「今度こそ絶対に失敗できない」 シミュレーター審査が終わり、実機審査は、離着陸操作の安定を見られるものです。 実機審査では、緊急事態もないし、飛行は実機の方がシミュレーターより安定しているので、安心です。他のメンバーは、ほぼリラックスして審査に向かっていました。 私は、崖っぷちです。

「今度こそ絶対に失敗できない」

シミュレーター審査が終わり、実機審査は、離着陸操作の安定を見られるものです。

実機審査では、緊急事態もないし、飛行は実機の方がシミュレーターより安定しているので、安心です。他のメンバーは、ほぼリラックスして審査に向かっていました。

私は、崖っぷちです。シミュレーター審査で課題を指摘されていたため、次に何かミスをすれば、確実に落とされてしまいます。

そんなプレッシャーを抱えての実機審査でした。

大分空港での初夏のこの審査だったと記憶しています。

冬は西風が強く山からの吹き下ろしで気流が荒れるのですが、幸い春から秋にかけては、穏やかな風の日が続きます。

でも、審査の時って必ず何かが起こるんですよね。

雲が現れた

審査の項目は、口頭審査と、実機での離着陸操作を見られます。

予想通り、口頭審査は、突っ込まれた質問をされました。

なんとか、乗り切って、実機審査に移ることができました。

その日は南風。低い雲が観測されていました。

大分の滑走路は南北に向かって作られています。

南に向かって離陸して、左旋回をして滑走路を左に見ながら着陸に向かいます。

離着陸を繰り返す飛行は、滑走路を常に見ながら飛行(有視界飛行方式)しなければなりません。そのための有視界飛行方式の規定は、航空法施行規則で条件が決まっています。

3000メートル未満の高度では:

飛行視程が管制区・管制圏内では5000メートル以上

航空機からの垂直距離が上方に150メートル、下方に300メートルの範囲内に雲がない

航空機からの水平距離が600メートルの範囲内に雲がない

雲からの距離は目視では正確に測ることができません。しかし、当然、雲に入ってしまうと航空法違反で一発不合格です。

問題だけに集中しなかった

もし「雲を避ける」ことだけに必死になっていたら、きっと審査に落ちていたと思います。

なぜかというと、雲のことばかり気にしていると、飛行の基本である高度・速度・進路が安定しなくなるからです。そうなったら、もう再審査も厳しかったでしょうね。

焦って、声が上擦ったり、早口になったりしたらもうアウトです。

相手に余裕がない雰囲気が伝わった時点で、ダメです。

チームに不安を与えるような人間は機長は務まりません。

機長になると、2〜3ヶ月に一回くらいの割合で、なんらかの審査があります。

自分が期待するような状況はほぼないです。

天候が悪かったり、到着機が遅れて時間がなかったり、油圧の故障、予備電源の故障。

毎回何か起きてきます。

トラブルがあった時の方が印象に残りやすいので、「必ず何かある」と感じているだけかもしれませんが、それでも審査では本当によく何かが起こります。

問題があった方がうまくいく

審査の時って、何か問題があった方がうまくいってしまうのですね。

なぜかって問題解決を通して、全体を見ることができるような気がするのです。

何を自分は守らなければいけないのか、何をやめていいのか?

そんなことがクリアーになる気がします。

その時に起きた問題の解決プロセスをしっかりと見せることができます。

物事って、ぼんやり見てると何も見えませんよね。

雲という問題があったおかげで:

本当は何をしたいんだっけ? → 安全で安定した規程に沿ったフライトをする

乗っている人間に不安を与えない

信頼感のあるフライトをする

そのためには? → いろんな条件を全部クリアしながら飛ぶこと

つまり:

雲との距離を保つ ✓

視程も確保する ✓

高度も維持する ✓

速度も安定させる ✓

進路も正確に ✓

航空法、その他の規程に沿って、管制との許可、承認も適切にもらう ✓

機体の状態も見る ✓

これ、全部同時にやらないといけないんです。

一つでも欠けたら終わり。雲を完璧に避けても、高度や進路がふらついたらアウト。そんな感じです。

雲という問題を通して、守るべき課題、優先順位がはっきりしてきます。

大切なことは、その問題だけにフォーカスしないことかなと思っています。

問題が起きると「よっしゃ」

審査の時、問題が起こると、「よっしゃ」と思えるようになりました。

見せ場を作れる。笑

問題を通して、全体のプロセスを整理することができます。

何もない時の方が難しいのです。

何を中心に組み立てればいいのかがボヤッとしてきます。

しかし、よく行われがちな、短絡的に物事を単純化して、問題を特定して解決しようと思ってもうまくいかない気がします。

起きていることはそんなに単純なことではないのです。

問題を通して、何を大切にしたいのかを問うことが大切な気がします。

「この問題があることで、何が見えるかな?」

「本当はどうなったらいいんだっけ?」

「全部うまくいくには、どうしたらいいかな?」

問題を邪魔者として追い払うんじゃなくて、問題があることで気づけることがあるのかもしれませんね。

私も、まだ全然分かっていませんが、そんな風に感じています。

みなさんは、どう思われますか?

こんな体験から感じたことが、少しでも何かの参考になれば嬉しいです。

Back to Blog

Related Posts

View All Posts »

同じ場所を見ている二人より、違う場所を見ている二人

時速200km、高度150m。 窓を開けたジェット機の中は、轟音で何も聞こえません。 20年以上前の新潟。大雪の取材で、屋根の上で雪下ろしをしている人を撮影していました。 私は左席で操縦桿を握りながら、ターゲットに集中しています。 右席のもう一人の機長は、高度計、速度、周囲の障害物を見張っている。

1985年8月12日の記録 - 飛行軌跡の再現と地上取材

事故から数日後、123便の飛行軌跡が公表されました。 フジテレビから「123便の航跡をたどって飛行したい。フゴイド運動やダッチロールの状況を再現して飛行してほしい」という企画の依頼が入りました。 サイテーションにはヨーダンパー(横方向の揺れを抑制する装置)がないため、ジャンボ機のようなダッチロールの完全な再現は困難でしたが、ラダー(方向舵)を使って可能な限り再現しました。

1985年8月12日の記録 - 報道現場からの証言

1985年8月12日の夕方、私たちは新橋で何かの打ち上げだったと思います。パイロットと整備さんで焼き鳥屋の座敷に座っていました。 暑い夏の日でした。 ビールが運ばれてきて、みんなの前に置かれ、さあ「カンパ〜〜い」と言ったその時、お店の人から声をかけられました。 「部長!産経のデスクから電話です」 「...

羽田沖事故で見た機長の真実

朝、事務所に着くと、 「小野、すぐ飛べ! 飛行機が落ちた」 と言われました。 「また〜、何、冗談を言ってるんですか?」 「冗談なんかじゃないよ。見てみろ、尾翼が見えてるだろ」