· パイロットの目 · 15 min read
報道取材空中戦
ヘリに続いて固定翼の訓練も始まりました。S310と言うセスナ社の双発の機体です。 航空大学校で乗っていたビーチ社のバロンという機体とほぼ同じような機体なので、離着陸の感覚や特性を手に入れれば、航空局の審査をしなくても乗務ができます。 羽田から出て、大島や仙台へ飛行して、タッチアンドゴーという離着陸を繰り返す訓練をします。
ヘリに続いて固定翼の世界へ
ヘリに続いて固定翼の訓練も始まりました。S310と言うセスナ社の双発の機体です。
航空大学校で乗っていたビーチ社のバロンという機体とほぼ同じような機体なので、離着陸の感覚や特性を手に入れれば、航空局の審査をしなくても乗務ができます。
羽田から出て、大島や仙台へ飛行して、タッチアンドゴーという離着陸を繰り返す訓練をします。昼食を行った空港で食べるのがとても楽しみでした。
取材機の特殊な仕組み
新聞社の取材機には、普通の機体と違うところがあります。
機体の左側に飛行中でも開閉可能な大きな取材窓があります。そこを飛行中に開いて、そこから写真を撮ります。
窓を開くと、風切り音で何も声などが聞こえなくなります。
整備士は、カメラマンの肩を抑えて、レンズが機体の外に出ないように準備しています。カメラマンが前のめりになりそうな時は、引っ張って戻します。
取材の目標の手前で急旋回して、カメラの構図に入るようにします。
S310での取材は多岐にわたりました。
最初の実戦:へっぐ号銃撃事件
そして迎えた最初の取材任務。
それは1982年に起きた「へっぐ号銃撃事件」でした。日本のケミカルタンカーがフィリピン軍の攻撃機に銃撃され、1988年に日本に帰ってくる様子を取材する任務です。
那覇から石垣へ飛び、日本の領空に入るのを待ち構えて取材する。
「海上の船なんて、すぐに見つかるでしょ?」
そう思うでしょ。
ところが、これがなかなか見つからないんです。
船の予想進路を計算して、自分たちがどこで会合できるかを慎重に計算して飛行します。でも、海の上では目印がない。雲があれば影で見えにくくなるし、波の状況によっても見え方が変わる。
大体3泊4日、石垣島で待機しながらの取材でした。
のんびりしているようで、実はとても緊張感のある任務でした。燃料の計算、海上の気象の変化、そして何より「確実に船を見つけて撮影する」というプレッシャー。
想像していたより、はるかに難しい仕事でした。
様々な取材現場での攻防
洋上のヨット取材、米海軍の空母、北海道の初冠雪、美しい紅葉の撮影、新潟の豪雪…
特に新潟の豪雪取材の時は、雪国の厳しさと美しさを上空から撮影する仕事でした。屋根の雪下ろしを固定翼で写真に撮ります。
超低空で進入し、目標の屋根の直前で左に急にバンクを取り、一瞬のタイミングでカメラマンはシャッターを切ります。取材目標がピンポイントの場合、大きなバンクを入れて急旋回をして、取材窓を目標方向に向けます。
後ろから聞こえるシャッター音を頼りにどのような構図が気に入ってるのかを予想しながら、その場所に進入できるように飛行します。
急旋回を繰り返すためにカメラマンには左右に大きな力がかかります。船で大きく揺れるのをもっと早く、急激に繰り返すような感じです。
普通だとすぐに気持ち悪くなるはずなのです。
しかし、カメラマンたちはどんなに酷い操縦をしても、ひたすらシャッターを切ります。
取材を終え、カメラを置いた途端、後ろでゲーゲーと着陸するまで吐いています。
山岳地帯での危険な取材
紅葉の取材では、トップガンのマーベリックのように、尾根の間を飛行していきます。
尾根の間に入る前に、自分の旋回半径を確かめて、逃げ場を考えて進入していきます。
尾根の近くでは山岳波という乱気流が必ず存在します。それも気にしながらいつでも逃げられるようにしています。
冬の飛行には常に氷結の危険が付きまといます。
ある冬の日、雲中飛行で旭川に向かった時のこと。降りてみると、エンジンの中まで氷がびっしり。非常に高温になるシリンダーの周りにも、ベッタリと氷が張り付いていました。
溶かすのに一晩かかりました。
「よく墜落しなかったものだ」
降りてからそう思って、背筋が寒くなりました。
田中角栄裁判での空中戦
田中角栄の裁判の時は、拘置所から裁判所まで、護送車をヘリで追いかけていきました。各社のヘリが首都高速の上空を、黒塗りの車を追いかけて飛行していきます。
その時の厳命は、「田中角栄の姿を撮れ」でした。
車から降りて裁判所に入るちょっとした隙間のアングルに、各社のヘリコプターが群がっていきます。
その空中の一点のポジションを取るために、そこに陣取った他社のヘリコプターの上に被さってくるようにホバリングをします。
下のヘリはダウンウォッシュで叩き落とされるために横へ逃げざるを得ません。
田中角栄が裁判所に入るまでバトルが続きました。
ヘリコプターは右旋回で取材し、その上を固定翼機が左回りで取材するという暗黙のルールがありましたが、よく取材時に空中衝突が起きなかったと、今でも思います。
取材機が群がっている時は、横に乗っている整備士と必死に周りを見て、衝突しないよう気を配っていました。
ダウンウォッシュによる事故
海水浴客の取材や住宅地での取材の場合、ダウンウォッシュ(ヘリのローターが作る下降気流)でパラソルが飛んで怪我をさせたり、物などが飛んでしまう事故がありました。
カメラマンからは「もっと低く!もっと近く!」と要求される一方で、地上の人々の安全を守る責任もありました。このバランスを取るのが、報道ヘリパイロットの最も難しい判断の一つでした。
デスクからの容赦ない圧力
取材の時、悪天候などの状況で取材ができないで帰ってくることがありました。
そして地上に戻ると、新聞社のデスクには「お前らの命など何の関係もない、ただ写真の原稿だけが届けばいいんだ」と怒鳴られて、他社に遅れたり、天候で写真が撮れない時などは良く顚末書を書いていました。
価値観の違いが生み出すもの
カメラマンの「命がけでもいい写真を撮りたい」という情熱は理解できます。それは彼らの職業魂であり、尊重すべき価値観です。
デスクの「何としても他社に負けたくない」という競争心も、報道の世界では当然の感覚でしょう。
でも、私には「カメラマンを安全に連れて帰る」という絶対に譲れない目的がありました。
どんなに怒鳴られても、どんなに顚末書を書かされても、この一点だけは絶対に曲げられない。それがパイロットとしての価値観の核心部分だからです。
価値観が違うからこそ、良いものが生まれることを私は学びました。
カメラマンの攻撃的な要求があるからこそ、私はより安全で効果的な撮影ポジションを見つけようと工夫する。デスクのプレッシャーがあるからこそ、限られた条件の中で最大限の成果を出そうとする。
そうやって撮った写真が一面に大きく載せられた時、とても誇らしい気持ちになりました。
本当の相互理解とは何か
価値観の違う相手との付き合い方で学んだのは、相手の価値観を尊重しつつも、自分の価値観に迎合しないということでした。
一般的に「相互理解」というと、お互いが歩み寄って同じ考えになることだと思われがちです。でも、それは本当の理解ではないのかもしれません。
むしろ、それは相互理解という名の「相互妥協」か「相互迎合」です。お互いが自分の価値観を薄めて、当たり障りのない中間地点で手を打つ。一見平和的に見えますが、結果として誰の価値観も十分に活かされない中途半端なものになってしまう。
真の相互理解とは、相手がなぜその価値観を持つのかを理解することです。
カメラマンが「もっと近づけ」と言うのは、読者に伝える力のある写真を撮りたいから。デスクが厳しいのは、報道機関としての使命感があるから。
彼らの価値観の背景を理解することで、私は自分の安全基準を説明できるようになりました。「なぜこの高度が必要なのか」「なぜこのルートでないといけないのか」を、彼らの言葉で伝えられるようになった。
違いを力に変える
理解し合おうと努力する必要はあります。でも、自分の守るべきラインを崩してまで相手に合わせる必要はない。
住む世界が違うなら、お互いの世界を認め合いながら、それぞれの責任を果たす。
カメラマンには彼らの使命があり、私には私の責任がある。それぞれが自分の価値観を貫くからこそ、結果として素晴らしい成果が生まれる。
価値観の違いは、対立の種ではなく、創造の源なのです。
同じ考えの人ばかりが集まったチームでは、決して生まれない化学反応がそこにはある。
これが一番健全で、そして最も生産的な関係なのかもしれません。