· パイロットの目  · 11 min read

機長「らしさ」という呪縛が人を変える

機長昇格訓練に入った頃、私たちが求められていたのは「コマンダビリティー」でした。 簡単に言えば、部下にしっかりと指示ができる人間性と、豊富な知識・経験。要するに「機長は立派で、正しくないといけない」という概念です。 でも、この「らしさ」が、人を恐ろしく変えてしまうんです。 機長昇格訓練で求められるのは、大量のノートを作っていないと「勉強をしている」とみなされないことでした。

昇進が人を変える

機長昇格訓練に入った頃、私たちが求められていたのは「コマンダビリティー」でした。

簡単に言えば、部下にしっかりと指示ができる人間性と、豊富な知識・経験。要するに「機長は立派で、正しくないといけない」という概念です。

でも、この「らしさ」が、人を恐ろしく変えてしまうんです。

膨大な勉強量への不安

機長昇格訓練で求められるのは、大量のノートを作っていないと「勉強をしている」とみなされないことでした。

航空法の基となるICAOの規程から始まり、航空機の構造の基礎である耐空性審査要領、管制の運用方式、計器飛行設定について…とにかく膨大な情報を整理しまとめる必要がありました。

最初は何から手をつけていいのかわからない状態。人の資料をもらって自分のノートに差し込んでいくのですが、そんなことをしても全く頭には入っていません。

今のようにコピペできる時代ではなく、コピーして切り張りしてノートに整理していく日々。でも振り返ると、この勉強方法は完全に間違っていました。

訓練ではいつも自分の大量のノートを出して、「こんなに勉強をしているのだ」というアピールをしなければいけませんでした。

審査のための学びの落とし穴

飛行技量は日頃の運航で培っているので問題ないと思っていました。しかし機長審査では、技量審査の前に口頭審査があります。

多岐にわたる運航の質問に対して、審査官の求める答えを的確に答えなければ落ちてしまう。口頭審査に落ちてしまうと、次の技量審査には進めません。

口頭審査に落ちると、学ぶ姿勢を問われて、再訓練も危うくなり、機長昇格訓練に再び入れてもらえない可能性が高くなってしまいます。

どんなことをしても、この口頭審査は通過しなければならないのです。

審査官の抽象的な質問に対して、何を求めているのかを判断し、冗長にならないよう根拠を踏まえて答える必要がありました。

今思えば、私がやっていたのは「審査に通るための勉強」でした。

学びって、目的を間違うと全く身につかないものですね。その時は大量の情報の前に、とにかく「うまく答える」ことしか頭になかった。過去の口頭試問で問われたことを資料で集めてノートに整理する…そんなことばかりやっていました。

機長「らしさ」という呪縛

機長訓練で求められるのは、自分がいいと思うことをやるのではなく、航空法から始まり運航規定にある根拠に基づいた行動です。

自分の判断や行動が規定に沿っているのかをいつも気にしながらフライトしていました。

そして機長たちからよく聞いた言葉:「機長審査に落ちる人は機長らしさがない」

機長らしさって何だ??

この「らしさ」が曲者でした。その頃の機長はコマンダビリティーを重視されていて、いつも正しいことを指示し行動できるというイメージ。いつも正しさを求められて、それを装っていた気がします。

豹変する恐ろしさ

自分のリーダーシップのイメージがない人が、機長に昇格すると…

副操縦士の時は穏やかだった人間が、運航管理や整備の人にクソ偉そうな態度を取るように変わっていく。

副操縦士や運航管理、整備の人が少しでも間違えようものなら、しつこく叱責する。自分の意図と合わないことを言うと激高する。

本人はこれぞコマンダビリティーだと思っていたのでしょう。側から見るととても滑稽でした。「こいつ、何を勘違いしているんだ?」と。

でも権威勾配の強い組織では、下の人は逆らえずに意見も言えず従うしかない。だからどんどん助長されて、本人は気づかずにいつまでも偉い自分に酔いしれていくのでした。

一方で、本当のリーダーもいた

でも一方で、副操縦士や整備さん、客室乗務員の意見に耳を傾け、チームを納得させて行動しようとする機長もたくさんいました。

自分の正しさを主張しない。むしろ「どう思う?」「他に方法はないかな?」と周りの知恵を集めようとする。

そんな機長のフライトは、チーム全体が活き活きしていて、安全性も高かった気がします。

その頃の私はというと、自分の判断や行動が正しいと信じて、それを人に押し付けていました。今思うと、とても恥ずかしい話です。

本当は何が怖いのか

今振り返って思うのは、一番怖いのは自分で気づけないことかもしれません。

「らしさ」という枠にハマることで、いつの間にか人が変わってしまう。しかも本人は「正しいリーダーシップを発揮している」と信じ込んでいる。

周りの人は気づいているけれど、権威勾配があるから言えない。そうやって、どんどん裸の王様になっていく。

この「らしさ」にしがみついて、自分のイメージを作っていく。これが壊れると自分というものがなくなってしまうかのように、必死に守っていってしまう。

エゴという落とし穴

パイロットを卒業し、いろいろ学ぶ機会があって、「エゴ」という概念にも出会いました。

エゴとは自我のことですが、具体的には個人が自分の立場や権力、承認欲求を優先し、組織全体の目的よりも自己保身や自己利益を重視する心理状態を指します。

自分の部門や立場を守ることを最優先にする

他者からの評価や承認を過度に求める

失敗を恐れ、リスクを避ける傾向

情報を囲い込み、権力を手放したがらない

表面的な調和を重視し、本質的な対話を避ける

同じ機長昇格訓練を受けても、チームを大切にするリーダーになる人もいれば、エゴの落とし穴にハマってしまう人もいる。

本人のリーダーシップに対するイメージが、大きく影響するのかもしれませんね。

本当のリーダーシップとは

でも本来のリーダーシップって、周りの意見を吸い上げ、何が起こっているのか、自分は何が見えていないのかを自覚できる人間のことだと思うんです。

権威の上に君臨するのではなく、チーム全体の知恵を集めて、より良い判断ができる人。自分の見えていない部分を素直に認められる人。

あの頃の私たちは、そんなリーダーシップを学ぶ機会がありませんでした。でも時代は変わっています。

「らしさ」という呪縛から自分を解放できるかどうか。そして周りの声に耳を傾け続けられるかどうか。それが本当のリーダーシップの第一歩なのかもしれませんね。

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