· パイロットの目  · 13 min read

毎日の「当たり前」が大切

機長審査の実機審査に無事合格した時、私はほっと胸を撫で下ろしました。しかし、安堵も束の間。これは始まりに過ぎません。 ATR(定期航空事業用免許)を取得したとはいえ、これは車で言えば二種免許を取っただけのようなもの。本番は、これから始まる路線審査です。 路線OJTが始まります。この期間中、安全性、定時制、快適性、経済性を考慮したフライトができているかを逐一評価されます。

機長になってからが本当の始まり

機長審査の実機審査に無事合格した時、私はほっと胸を撫で下ろしました。しかし、安堵も束の間。これは始まりに過ぎません。

ATR(定期航空事業用免許)を取得したとはいえ、これは車で言えば二種免許を取っただけのようなもの。本番は、これから始まる路線審査です。

路線OJTが始まります。この期間中、安全性、定時制、快適性、経済性を考慮したフライトができているかを逐一評価されます。これらのポリシーを守れない姿勢では、審査にすら進むことができません。

機長席に座り、機長として運航判断を下す。その一つ一つの行動が評価の対象となります。路線審査に通らなければ、機長として飛ぶことはできないのです。

3ヶ月間の路線OJTを経て、ついに路線審査の日がやってきました。真冬の2月、大阪−秋田便での審査です。

審査前夜、「飲み行くぞ〜」

前日、担当審査官から言われました。「路線審査って何が起こるかわからない。ミスをして落ちるかもしれないけど、今の状態であれば次の審査機会を作れるから、気楽にやるように」

宿泊先のホテルに向かう道すがら、一緒に乗る教官が声をかけてくれました。

「小野、飲みに行くぞ!」

「明日、審査なんですけど…」

「大丈夫だよ。落ちる時は落ちるし、通る時は通る。今から気に病んでも仕方ないだろ」

何が大丈夫かわかりませんが、この言葉で腹がくくれました。「落ちた時は落ちた時、その時に考えればいい」そう思えたのです。

雪の秋田「一つずつ確実に」

雪で覆われた空港への着陸では、滑走路の路面摩擦係数、雪の質によって判断が変わります。着陸後の停止距離計算や気象条件悪化時の処置など、いつもより多くの準備が必要でした。

ここで重要な原則を実感しました。

パイロットは同時にいろいろなことができると思われがちですが、人間は一度に一つのことしかできません。優先順位をつけて確実にこなしていくしかないのです。それをおろそかにすると、確実に破綻します。

何かを焦ると、今がおろそかになります。落ち着いた10秒があれば、相当なことができますが、焦って何かをおろそかにする方が時間を取られてしまいます。

焦らずに一つ、一つ確実にこなす。

この原則を守り抜いた結果、着陸は予定通りの距離で成功し、念願の機長資格を手にしました。

審査は続く、どこまでも

しかし、これで終わりではありません。当時は路線ごとに審査があり、毎月1〜2本の路線審査が待っていました。東京−奄美、東京−釧路といった具合に、一本一本、資格を積み重ねていきます。

路線審査では、その路線に関するあらゆる知識が問われます。

出発・目的地飛行場の設備状況、管制方法、気象特性、消防施設、除雪機能、周辺の障害物…

「四国で一番高い山は?」

「急減圧が起こった時の緊急降下高度は?」

「無線機材が故障した場合の処置は?」

実際のフライトでは一つ一つの判断について「その根拠は?」と問われます。何となくの感覚ではなく、航空法に基づいた明確な根拠が求められるのです。

白浜空港で気づいた人々の支え

審査が進むにつれて、より気象特性の厳しい空港での審査になっていきます。

白浜空港での審査は特に印象深いものでした。この審査では、消防施設について詳しく問われました。そのおかげで、普段なら素通りしてしまう消防署に目が向いたのです。

外部点検を始めると、消防車のエンジンがかかり、ライトが点灯します。

「私たちのフライトに合わせて、準備をしてくれているんだ」

その後、この空港に着陸するたびに同じ光景を目にしました。私たちが到着して、駐機場に入ると、消防車はライトを点灯させ、運転席に人が座っているが見えます。お客様の降機が完了して私たちが機体を離れると、ライトが消える。

次のフライトのために私が、外部点検を始めると、消防車のエンジンがかかり、ライトがつきます。

毎日毎日、機材が到着するたびに、消防隊の方々が緊急対応のために準備をしています。

なぜ10秒にこだわるのか

航空機の火災では、10秒の遅れが事故の拡大に直結します。航空火災は、消火開始を発生から2分以内、遅くても3分以内に行うよう勧告されています。

那覇空港での中華航空機火災では、初動の連絡が遅れ、機体が全焼しました。たまたま風向きがターミナルと反対方向だったため、死者や類焼は免れましたが、機体のアルミニウムに火がつくと高温で瞬く間に火災が広がります。

幸い、白浜空港で火災事故が起きたことはないと思います。消防隊の方々も、おそらくこの白浜空港の職場を離れるまで、緊急事態を経験することはないかもしれません。

それでも、「もしも」に備えて、毎日同じ準備を繰り返しています。

安全は「当たり前」の積み重ねで作られる

飛行機の安全は「ABC」と言われます。当たり前のことを、馬鹿みたいに、ちゃんとやるということです。

マニュアルに決められたことを、確実にこなしていく。この小さな積み重ねが、次の瞬間に起こるかもしれない何かを、みんなの力で先へ先へと押しやっているのが安全だと思っています。

「まあ、いいか」と慢心して手を抜いた途端、それは起こります。

機長は全体のほんの一部分

機長が、責任、厳しい判断を求められる存在だとしても、機長の存在は航空機の運航システムの中ではほんの小さな一部分に過ぎません。ほとんどの部分は、地上スタッフの力にかかっています。

搭乗予定のお客様を空港中走り回って探してくれる地上職員。

空港の雲や霧の状態など、長年の勤務でこそわかる詳細な気象情報を伝えてくれる運航スタッフ。

私が「エンジンの計器指示が少しおかしい」と伝えただけで、真冬の福岡空港で徹夜の野外整備をして、翌朝「直りました」と笑顔で報告してくれる整備士。

そして白浜空港の消防隊のように、毎日「何もない日」を願いながらも、緊急時に備えて準備を続けてくれる人たち。

あなたの職場にも「見えない支え」がある

これは航空業界だけの話ではありません。

みなさんの周りにも、見えないところで誰かを支えている人がいるはずです。

・システムが止まらないよう深夜も監視してくれるIT担当者

・建物の安全を毎日チェックしてくれる設備管理者

・オフィスを清潔に保ってくれる清掃スタッフ

・セキュリティを守ってくれる警備員

普段は気づかないけれど、その方々の「当たり前の積み重ね」があるからこそ、私たちは安心して仕事ができています。

少し、意識を向けてみましょう。支えてくれる人たちが見えてくるかもしれません。

自分も誰かの支えになっているということを意識してみましょう。

そして

当たり前のことを、馬鹿みたいに、ちゃんとやる。

これが、本当の安全、本当のチームワークだと思っています。

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