· パイロットの目 · 6 min read
同じ場所を見ている二人より、違う場所を見ている二人
時速200km、高度150m。 窓を開けたジェット機の中は、轟音で何も聞こえません。 20年以上前の新潟。大雪の取材で、屋根の上で雪下ろしをしている人を撮影していました。 私は左席で操縦桿を握りながら、ターゲットに集中しています。 右席のもう一人の機長は、高度計、速度、周囲の障害物を見張っている。
声が届かない世界で
時速200km、高度150m。
窓を開けたジェット機の中は、轟音で何も聞こえません。
20年以上前の新潟。大雪の取材で、屋根の上で雪下ろしをしている人を撮影していました。
私は左席で操縦桿を握りながら、ターゲットに集中しています。
右席のもう一人の機長は、高度計、速度、周囲の障害物を見張っている。
後ろでは整備士がカメラマンの肩をつかんで、レンズが窓から出そうになったら引っ張り込む準備をしている。
声は届きません。
でも、チームは機能していました。
なぜ二人の機長が乗っていたのか
セスナ・サイテーションという小型ジェットは、「一人で操縦できる」というのが売りでした。
でも実際の取材飛行では、二人の機長が乗り込んでいました。
着陸する空港の許可申請、空域調整、燃料計算、駐機場の確保——突然の取材依頼に対応するには、すべてを同時に進めなければならない。
時間のない中、一人では、必ず見落としがあります。
取材中も同じ。
左席は操縦とターゲットに集中。右席は計器と周囲の監視に集中。後ろは機材と人の安全確保に集中。
それぞれが、違う場所を見ている。
レンズが窓から出たら、全員死ぬ
大袈裟じゃなく、本当の話です。
急旋回中、強いGがかかります。その中で望遠レンズを構えて撮影する。
レンズがちょっとでも窓から出ると、時速200kmの風圧で吸い出される。窓枠に叩きつけられて粉々になった破片は、胴体後部のエンジンに吸い込まれます。
低速で、低空で急旋回中に、旋回の内側のエンジンがやられたら?
ひとたまりもありません。下で雪下ろしをしている人も巻き込んだ大事故です。
誰か一人でも、自分の担当を疎かにした瞬間に、全部が終わる。
だから、分担は明確でした。
「俺はここを見る。お前はそっちを見ろ」
声が届かなくても、それだけは全員がわかっていました。
「優秀な二人」が最強とは限らない
路線運航をしていた頃、「ダブルキャプテン」で飛ぶことがありました。
副操縦士が足りないときや、審査飛行のとき。二人とも機長という編成です。
一見、最強に見えますよね。
でも、これが意外と危ない。
機長になると、「飛行機を操縦する」という行動が習性になっています。
二人とも機長だと、二人とも操縦に意識が向いてしまう。
本来、副操縦士の重要な役割は「モニタリング」なんです。
機長がやろうとしている操作が適切か、計器に異常がないか、見落としがないか——機長とは違う場所を見て、確認する。
でもダブルキャプテンだと、二人とも同じところを見てしまう。
「優秀な人間を二人揃えれば最強」というのは、幻想かもしれません。
違うところを見ているから、強い
新潟の取材飛行で、なぜチームが機能したか。
全員が優秀だったから?
違います。
全員が「違う場所」を見ていたからです。
私が操縦に集中できたのは、右席が計器を見てくれているとわかっていたから。
カメラマンがギリギリまで粘れたのは、整備士が肩をつかんでいてくれたから。
同じところを見ている二人より、違うところを見ている二人のほうが強い。
チームって、そういうことなのかもしれません。