· パイロットの目 · 14 min read
風と海が教えてくれた「できた!」の本当の意味
実用機であるDC-9型機の訓練に入る前に、2マンクルーと旅客輸送の考え方を学ぶために、半年ほど大分の訓練所で、B200というターボプロップのプロペラ機での訓練がありました。 これまでのサイテーション時代は、運航スキルや技術の向上を自分で考え、自分でフライトしていました。でも今度は訓練生として、教わる、指摘される、言われたことを修正する、の繰り返し。
評価のプレッシャーから解放された大分の日
実用機であるDC-9型機の訓練に入る前に、2マンクルーと旅客輸送の考え方を学ぶために、半年ほど大分の訓練所で、B200というターボプロップのプロペラ機での訓練がありました。
これまでのサイテーション時代は、運航スキルや技術の向上を自分で考え、自分でフライトしていました。でも今度は訓練生として、教わる、指摘される、言われたことを修正する、の繰り返し。常に評価がついてくるので、良い評価を得ようと無意識に従って「うまくやろう」としている自分がいました。
ただ、大分での訓練は最終的に審査がないということで、正直、気が楽でした。これまでの訓練では、何か失敗すると全てが無になる。再度最初からやり直しか、諦める道しか残っていない。そんなプレッシャーから解放されて、久しぶりにホッとしていたんです。
宿舎は住吉浜近くのホテル。せっかく海の近くにいるのだから、フライト訓練のストレス発散と気分転換に、何かマリンスポーツをやってみたいと思い立ちました。宿舎から歩いて3分ほどの距離にマリンショップがあり、ウィンドサーフィンを体験することにしたんです。
小さなインストラクターが見せた魔法
インストラクターは、私より断然小さな女性でした。身長160cmもなく、体重も50kg台でしょうか。でも、その方がいとも簡単に大きなセールをヒョイっと水から引き抜き、スイスイと風に乗っていく姿を見て、正直驚きました。
「気持ちよさそう〜、簡単そう」
そんな軽い気持ちで始めたのですが…。
現実は甘くなかった
簡単なレクチャーを受けて、「はい、どうぞ」となった瞬間、現実を思い知らされました。
水に浸かったセールは、想像以上に重い。アップホールラインというロープを握って、後ろに倒れるように体重をかけてセールを引き上げるのですが、水が切れて軽くなった途端、バランスを崩してのけぞり落ちる。その繰り返しです。
自分の立っている足の下がぐらぐらしているなんて、人生で初めての経験でした。風がどちらから吹いているかなんて、考える余裕もありません。気がつくと裏風が入って、セールの下に叩きつけられる始末。
何度も何度も同じことの繰り返し。でも、時々「すーっ」と走り出す瞬間があったんです。
「うわー、すごい!」この感覚を追いかけたい
その瞬間の感覚は、今でも忘れません。「うわー、すごい!」という驚きと興奮。風の強弱がセールを支えている手に伝わってきて、体重とセールのパワーをコントロールしている感覚。ボードの揺れを膝で調整している自分がいました。
考えてできるものではありません。体が瞬時に反応している。空気の力、揚力の理論を学んでいましたが、飛行機が飛ぶ力を全身で体感することができました。
傍から見たら、動きも遅いし、距離も大したことはないのでしょう。でも本人は、乗って動いただけで感激。この「できた!」という感覚がたまらなく気持ちよくて、昼から夕方まで夢中でやっていました。
気がつくと手のひらは真っ赤。夜ご飯のお茶碗が熱くて持てませんでした。
気づき始めた大切なこと
訓練の合間を見つけては海に行って乗っていました。マリンスポーツは、言葉で考えても何もなりません。とにかく落ちて、うまくいってを繰り返して、自分の中の感覚を掴んでいく。
やればやるほど、失敗すればするほど、体が覚えてくれる。その時はできていなくても、気がつくとできてしまっている自分がいるんです。
ウィンドサーフィンでは、小さな「できた!」の発見を繰り返していました。その感覚を追い求めることで、次々と挑戦したくなる気持ちが湧いてくる。誰も私を評価しません。ただひたすら一人で落ちて、「できた!」を探している。
この頃から自分の感覚を大切にしようという意識が芽生えてきていた気がします。そして何より「最後はできるわい」という割り切りができるようになりました。
大きな違いに気づいた
ある時、ふと思ったんです。
飛行機の訓練も同じはずなのに、なぜこんなに違うのだろう?
訓練では、横からいろいろアドバイスを受けて、自分のできないことを指摘される。できたことより、できないことへの意識の方が大きくなってしまう。いつまでも「できた感覚」がない。
それに対して、ウィンドサーフィンは「できた感覚」を追い求めることばかり。この違いは何なんだろう?
今までは、できないことに囚われて、いつも追い立てられた感じがしていました。でもウィンドサーフィンをやるようになってから、「やってりゃ、うまくいくわ〜」と気楽に思えるようになりました。
最終的には、なんとなくこなせるようになっている自分を信じられるようになったんです。
「割り切り」が生んだ大きな変化
ウィンドサーフィンでの体験から「最後はできるわい」という割り切りができるようになってから、訓練に対する取り組み方が大きく変わりました。
イメージフライトや訓練の予習をしている時の気持ちが全然違ってきたんです。以前は不安からの意識で「失敗したらどうしよう」「これができなかったら…」と考えていました。でも今度は「こうしてみよう」「これはどうなってたかな」みたいな積極的な探求の感覚に変わっていました。
そして実際の訓練でも変化が現れました。
訓練では、うまくいかないことやミスをすることが必ずあります。以前の私は、うまくいかないことがあると、「いつもだよな。なんでこんなにやっているのに〜」って心の中でつぶやいていました。やってもやっても、うまくできない自分という自己イメージを持っていた気がします。
やってもやってもうまくできない自分という自己イメージを持っていると、ミスをするたびにまた次もやるんじゃないかと、次のことに集中できなくなる。結果的に、次もうまくいかなくなる。
でも「最後はできるわい」の意識になってからは、「ミスはするもの」という前提に立てるようになりました。「これを修正すればいい、次はこうしてみよう」と、すぐに前向きに切り替えられる。
リカバリーが早くなったんです。ミスを引きずって次のミスを犯すようなことが少なくなりました。
人の評価か、自分の感覚か
航空大学校時代から、「できない、できない」と言われ続けてきたことで、どこか心の底では自信がありませんでした。自分ではそれを隠して、なんとかうまくできるようにと必死で頑張っていました。
でも、ウィンドサーフィンを通じて気づいたんです。
できないことに意識を向けて「できるようになろう」と頑張るのではなく、「できた感覚」を追い求めていくことで、いろいろなものが統合されて、自然と「できる」になっていくんだということを。
できないことに意識を向けると、次もできないかもと思ってしまう。でもできなくても最後はできるようになるという意識でいると、前を向ける感じがするんです。
このチェックのない大分での訓練が、私のパイロット人生の転機だった気がしています。
あなたの中にも「できた」はある
もしあなたが今、何かを学んでいる最中で、周りの評価が気になったり、「自分はダメなのかも」と感じているとしたら、少しだけ意識を変えてみませんか?
自分の中にある「できた」という感覚に意識を向けてみてください。どんな小さな発見でもいいんです。
人に言われたことではなく、自分が感じる「これだ!」を大切にしていく。そして「最後はできるわい」という気楽な割り切りを持ってみる。その積み重ねが、きっとあなたを思いもよらない場所に連れて行ってくれるはずです。
風と海が教えてくれたその感覚を、私は今でも大切にしています。