1985年8月12日の記録 - 飛行軌跡の再現と地上取材
事故から数日後、123便の飛行軌跡が公表されました。 フジテレビから「123便の航跡をたどって飛行したい。フゴイド運動やダッチロールの状況を再現して飛行してほしい」という企画の依頼が入りました。 サイテーションにはヨーダンパー(横方向の揺れを抑制する装置)がないため、ジャンボ機のようなダッチロールの完全な再現は困難でしたが、ラダー(方向舵)を使って可能な限り再現しました。
事故から数日後、123便の飛行軌跡が公表されました。 フジテレビから「123便の航跡をたどって飛行したい。フゴイド運動やダッチロールの状況を再現して飛行してほしい」という企画の依頼が入りました。 サイテーションにはヨーダンパー(横方向の揺れを抑制する装置)がないため、ジャンボ機のようなダッチロールの完全な再現は困難でしたが、ラダー(方向舵)を使って可能な限り再現しました。
1985年8月12日の夕方、私たちは新橋で何かの打ち上げだったと思います。パイロットと整備さんで焼き鳥屋の座敷に座っていました。 暑い夏の日でした。 ビールが運ばれてきて、みんなの前に置かれ、さあ「カンパ〜〜い」と言ったその時、お店の人から声をかけられました。 「部長!産経のデスクから電話です」 「...
パイロット時代、天気もいい、機体や運航システムも問題なし、でもなんとなく「嫌な感じ」がすることがありました。 今の時代、経済的な運航を求められていて、天候が良好な時の予備燃料は、代替空港までの燃料プラス5〜10分程度しか搭載していません。地震や、バードストライクなどで空港が一時閉鎖されると、すぐに他の空港に行く決断をしなくてはいけない状態になってしまいます。
朝、事務所に着くと、 「小野、すぐ飛べ! 飛行機が落ちた」 と言われました。 「また〜、何、冗談を言ってるんですか?」 「冗談なんかじゃないよ。見てみろ、尾翼が見えてるだろ」
コミュニケーション能力ってなんでしょうね。 人とうまくやることなのでしょうか? 企業の中で、コミュニケーションという問題は大きくなっています。 航空界の事故でもコミュニケーションに関わるヒューマンエラーが多くなっています。 だからこそ、アサーションだの、傾聴スキルだの、コミュニケーション能力向上を謳うセミナーがたくさんあります。
8ヶ月の整備見習いが終わって、ついに空に戻れる日がきました。 「これでやっと飛べる」 固定翼のパイロットの方が、高齢でやめることになり、私が固定翼の免許も持っているということで、パイロットとしての訓練をやってもらえることになりました。 とりあえず、ヘリコプターの免許からということになった。